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100% 嘘八百 ♪ PRINCEを愛するD&Pによる、PRINCEをめぐる妄想の数々


by DandP

メキシコの光  4 「メキシコの光 2」

     
 死は、たぶん残された者のためにある。
大抵の場合、後からいろんな人間がやってきて、その残された者達に何か言って帰っていく。それらの言葉の多くは、生前にその人が行動してくれたならば、どんなにか感謝されることだろう。だが残念ながら、「ああしたほうがよかった」という人は、必ず事が終わってからやってくる。多分、その人たちは「その死」から、少し遠い位置にいるのだろう。なるほど、遠いだけあって、よく事が見えるらしい。そして遠すぎて、手を差し出しても届かないと思っているようだ。本当に必要なのは、その手助けする手だというのに。まあ、言うだけ言えば彼らは帰って行き、やがては静かに時が過ぎる。

 人が亡くなってからしばらくは、さまざまな手続きのかたわらに、そんな人達の声に翻弄され、忙殺される。その女も、やっと悲しむ暇を見つけた頃には、その冬最後の雪がやんでいた。

 この街を出て行こうと思った。この街にいる理由が、さしてないことに気付いたからだ。彼女の両親は、別々のところで暮らしており、まだ若くそれぞれ自分の人生に忙しい。彼女だって、まだ二十歳になったばかりだ。新しく人生を始める事だってできるのだ。
 友人を頼って、もう少し明るく強い日差しの、西の方に行ってみようと思った。
 そう決心すれば、準備は難しくない。彼女の部屋を眺めてみれば、すぐに分かる。大した家財道具もない。クローゼットの上のスーツケース二個があれば、移動には事足りるだろう。

 部屋を片付け、明日の朝には出発と言う日、街のダイナーへ向かった。夕食にはまだ早いが、なるべく日が沈まないうちに事を済ませてしまいたかった。日が暮れて明かりが灯ってゆくのを見るのは、一人では寂しかったから。
 パサパサしたサンドウィッチをピルスナーで流して食事を終え、雑貨店でタバコを1カートン買う。それからスタンドで暖かいコーヒーを。
 太った女店主がコーヒーを入れている間、通りを女は眺めていた。雪はまだ、通りの日陰に積まれたまま凍っている。だが、アスファルトは乾いて、ほこりっぽい。春が確実にやってくるのだ。人の心に関係なく。

 と、通りの向こうに、女はあの少年を見つけた。
少年とは病院の面会時に一度しか顔を合わせていない。しかし、娘からは何度も聞かされていた。見間違うはずなどない。
女は急かしてコーヒーを紙袋に入れさせると、車を避けながら通りを横切り、追いかけた。

 あの少年に、伝えなければならないことがあったのだ。
by DandP | 2003-06-29 00:12 | - メキシコの光 -