11 夢の理髪店 ~最終章~
2003年 01月 30日
だが、プリンスのヒゲ係になるというのは、奥ゆかしげに見えて、なによりも誰よりも高い望みなのだ。なぜなら、恋は終わる事が出来る、結婚には離婚もある。だが、ヒゲは一生生え続けるものであり、否、死後でさえも伸びるもの。ヒゲを扱うというのは、アイデンティティーを共有するに匹敵するのだ。
当然ヒゲ床屋は誰にでもなれるもんではない。おまけに誰に聞いても「どうしたらなれるのか」知る由もないのだ。
彼女は日を追うごとに期待に胸をふくらませ、そのあまりの憧れにより、とうとう・・・・
胸の小鳥は、彼女から飛び立ってしまう。
いや、しかし、これは象徴だ。
純粋さはいつか、失うもの。そう、私たちひとりひとりの中に「彼女」はいた。だが、「彼女」のごとき純粋さを、人はいつしか失うのである。後に残るのは、等身大の、いや、もっと小さな惨めなひとりの人生を背負ったばかものに過ぎない。そして、残念ながら人生は、その後も続く。生きている限り、人は生き続けなければならない。その終わりを決めるのがどんな神かは知ったことではないが、私達の唇から最後の吐息を運命が吸い取るまで、人は生きるのだ。本当に命を失う時は、否が応でもやってくるのだから。
だから、大人になってしまったミニヨンよ。君はその心の中に、心の街のどこかに、小さなヒゲ床屋を開店させていて欲しい。
こころのヒゲ床屋「バーバー・プリンス」を。
細々とでも、営業を続けていて欲しい。
清潔なタオルと、よく研がれた剃刀、質素だが座りごこちのいい上品な椅子が一脚、よく磨かれたガラス戸。
いつか、そう、いつの日か、そのガラス戸を、本当にプリンスが開けて入ってくる。ドアベルの乾いた音と共に。
からんころん
「ちょっといいかい?ひとつ、ヒゲを頼むよ」
そんな日がやってこないと、誰が言えるだろうか。笑いたいヤツは笑えばいい。だが、キリストが「お前たちの中で罪のないものだけが石を投げなさい」と言ったように、彼女の夢を笑うなら、自分の夢を持たないものだけが笑うがよい。
人生は、時々、私たちに微笑む。
願わくば、その微笑の口元に、イかしたヒゲが生えています事を。
夢はかなうことだってある。
by DandP
| 2003-01-30 14:35
| ヒゲの殿下