100% 嘘八百 ♪ PRINCEを愛するD&Pによる、PRINCEをめぐる妄想の数々


by DandP

カテゴリ:ひろみちお兄さんの秘密( 9 )

 2003年の春から、歌は新しいお兄さんお姉さんに変わった。
先代あきひろお兄さんはミュージカル出身。大作にも出演したことのある、いわば成長済み。今度のゆうぞうお兄さんは、まだまだ若いヒヨッコである。

・・・あの、言いたい放題言っちゃってますが、ダイジョブですかね?
ゆうぞうお兄さんの身内の方、いらっしゃいませんか?いらっしゃいませんね?ダイジョブですね?では、続けます。

 ゆうぞうお兄さんは、そして新お姉さんも、まだまだ自分を押してしまい、テレビの前のチビッコに奉仕するというミッションを理解していなかった。まだまだ自分がきれいなままでようとして、自分の仕事をよく知っていなかったのでる。
ゆうぞうお兄さんにいたっては、子供に歌いかけたり話し掛けたりする時も、目は他所を泳いで、目の前の子供のことはうっちゃってるかあしらってるか、およそ邪魔者扱いであった。

いや、あの、収録しながら、たえず何をしでかすかわからないガキ共に気を配ると、どうしてもそうなるものですが、ここはひとつ、ネタとしてこのまま行かせてください。

 そこでまたスタッフは、彼らの自意識を砕き葬り去ろうと、ものすごいものを用意した。

「おすしのピクニック」である。

 実はワタクシD&Pは「おすしのピクニック」が、大好きです。
しょっちゅう歌っております。
それもこれも、あの強烈なヴィジュアルのせいです。

 白の全身タイツに味付け海苔を貼ったような眉、まっかかなホッペ。
いくらなんでもこれはどうしちゃったのか、と目を疑った。
マッドサイエンティストの比ではなかった。
 ひろみちお兄さんのナルシスぶりも、ゆうぞうお兄さんの冷たい目に比べればかわいいものだったのだろうか。強烈な荒療治にスタッフは出たようだ。
その甲斐あって、その後はゆうぞうお兄さんの表情も和らぎ、歌のお兄さんとしての宿命を知った、否、本調子が出たようである。

 すでに一皮向けたひろみちお兄さんは、ニコニコと楽しそうにモジモジ君を着こなしていた。

今や、新しいお兄さんお姉さんを引っ張る中堅的存在にまで成長した我らがひろみちお兄さん。一畳マンなるニューキャラも去年は登場し、例の「あ・い・う!」も芸として認知されたようである。
ひろみちお兄さんの二の腕のお肉も、若くぷりぷりしていた頃にくらべれば萎んできたものの、「あ・い・う!」と言いながらかかげるガッツポーズは永遠だろう。
水戸黄門にはいくらでも代わりはいるが、矢七やハチベエがワン&オンリーな存在なように、歌のお兄さんが替わってもひろみちお兄さんは10年もあれをやっているのである。


ああ、ひろみちお兄さん、貴方は素敵に変わった。愛され親しみやすい存在として。


・・・けれど、そうやって彼が変わって行くに連れ、次第に私の彼への興味は薄れていった。人を判断不可能な状態に陥らせるあの魅力は、いつのまにか安全な場所に着地し、安住したようだ。
あの、どこに連れて行かれるのかわからない、予測不能なリアルタイムの恐怖、平凡な主婦をひととき、どこかわからない場所へ連れてってくれる、あのひろみちお兄さんは、もういない。

そうして、ワタクシD&Pのひろみちお兄さんへの長い旅は終わった。



・・・・さよなら、ひろみちお兄さん。
もう、あなたを追いかけたりはしない・・・・・。
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by dandp | 2004-01-11 02:28 | ひろみちお兄さんの秘密
アイラインのことを書くのを忘れていた。

これこそが彼をこっけいなナルシストと見なす一要因でもあるが、ここはちょっと好意的に解釈してみようか。


 時代劇の大御所たちのアイメイクはすごい。
しかしあれが成り立つのは、豪華な着物だからということもあるが、チョンマゲカツラによって顔の皮を引っ張りあげられているからに他ならない。顔の弛み緩みが引っ張られ目元がすっきりするのは、ポニーテールをしたことのある女の子なら、誰でも知っている。

 ひろみちお兄さんのアイラインも、チョンマゲだったら何の違和感もなかったかもしれない。しかし、悲しいかな彼は一介の体操のお兄さんなのだ。白い運動着に、せいぜいチョッキしか着られない身分であったのだ。嗚呼、彼に服装の自由を!髪型の自由を!

 これでもまだ彼をばかにしているように思われるかもしれない。
さらにもう少し好意的に見るならば、収録の待ち時間が長かったのかもしれない。出番まで長く待てば待つほど化粧が濃くなる、というのは舞台の法則だ。いや、楽屋の法則と言えるかもしれない。楽屋で待っていると、他にやることもなく、むだに化粧を直してしまう結果、厚化粧になるのだ。すくなくとも、おばちゃんのダンス発表会ではそうだ。


 さて、彼のブラウン管からはみ出る自意識ぶりに、これはなんとかしなければと思ったスタッフは、ある作品を用意した。
「くれよんロケット」(だったよな・・多分)なる歌である。

♪くれよんロケット飛ぶよね
飛びたいんだから飛ぶよね
たまたま一回だめでも
今度は飛ぶからねーーー♪

という、日本のロケット開発の原点、あるいは失敗の根本原因に大きくメスを差す、威勢のいい曲である。
そこで、先代歌のお兄さんであるあきひろお兄さん扮する夢見る少年の空想の科学者を、我らがひろみちお兄さんは演じるのである。
 御茶ノ水博士をリスペクトしたのであろうはげ頭に、ビンゾコ眼鏡、黒くノリを張った欠けっ歯、そして白衣。
由緒正しきマッドサイエンティストである。若き日のタモリを彷彿とさせる。Dr.Finkもこのくらいやって欲しかったものだ。あ、あれは医者だっけ。

 その役は彼の自意識を大きく越えなければ不可能なものだった。それがスタッフの狙いであったし、事実、みごとにそれが成功し、お兄さんは新しいペルソナ、自分と言う仮面の新しい局面を手に入れたのだ。
「なんちゃって」というレトリックである。

 多分、それが一皮むけたということなのだろう。
それからの彼は「気のいい兄さん」というキャラを得、安心してブラウン管の向こうでニコニコしている。

 こういったスタッフの策略はまだまだ私の憶測に過ぎなかったが、近年、あることから私は確信するにいたったのである。

ゆうぞうお兄さんのことである。
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by dandp | 2004-01-10 02:26 | ひろみちお兄さんの秘密
 いかん・・・だらだらと長くなりすぎているような気がする。
しかも、前回の終りでは、ただひろみちお兄さんを悪く言って終わっているようだし、ここを見てひろみちお兄さんを見た人は、最近の彼を見て
「そんなにヘンじゃないじゃん」
と思っているに違いない。

 そうなのだ。ひろみちお兄さんは、変わった。
それこそが、ワタクシD&Pが、こんなに長々と人様のお時間を割いてまで伝えたかったことであるとともに、NHK製作スタッフの言い知れぬ策略を感じるところなのである。

 いや、まったくそれは何の根拠もないことであるが、妄想、つまりこの日記の正しい使われ方の復活なのである。
またもや嘘っぱちと覚悟して、もう少しだけお付き合い願いたい。


 あの人は変わってしまった。


あの人の悲しいところは、ナルシスティックな自意識と外見がもたらすイメージが一致しなかった点である。おのがナルシスを飼いならし、武器にしてこそセレブ様なのである。彼はそれができるほどふてぶてしくはなかった。
 
 だが、まわりは容赦しなかったようだ。
NHK番組制作スタッフのことである。
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by dandp | 2003-12-22 02:24 | ひろみちお兄さんの秘密
 そういうわけで、ひろみちお兄さんはナルキッソスの末裔であったわけなのだが、一応、検証しよう。

 その二の子供を蹴っ飛ばしてた、というのは、これは不慣れならばいたしかたないことだろう。蹴っ飛ばしたくてやったわけではない。カメラにアピールしながら、周りで跳ね回るガキんちょ共を気遣うのは、並大抵のテクではない。

 その三の筋肉誇示だ。筋肉の一番美しい時とはいつであろう。もちろん使っている、あるいは使い終わった後の隆起した時だ。だから筋肉で商売してる人は、本番前に筋肉をよく使っておかなければならないのだ。
 ま、お母様方の前でそれをるのだから、アピールする対象があるということでナルちゃんとは少し違うと思うだろう。
 だが、そう、だがいったいそんなにまでして画面で筋肉をアピールする必要が、教育テレビの体操のお兄さんに必要なことなのか。

必要なことなのである。

すくなくとも日体大出身者にとっては。

これは、るりぞーさんのお友達の思い出のごとく、深く私の心に焼きついた光景なのだが、ひとつ今日は、この思い出話に皆さん、お付き合い願いたい。

 ワタクシD&Pが、まだ女子高生であったころ。女子高という女ばっかりの世界に少し馴染んできた頃、ひとりの日体大の若者が体育教師として教育実習にきた。女の私ですら慣れるのに時間がかかったというのだから、彼がどのくらいパニックに陥ったか、想像できなくもない。
いろいろ端折るが、彼が教育実習を終える日、私たちクラスで先生へのお別れの歌とプレゼントを用意し、お定まりの涙を流したまでは良かった。

 そのまま大団円で職員室にもどりゃいいものを、感極まった彼は
「お返しにお見せしますっ!」
と言って、教室のカギと廊下側のカーテンを閉めさせ、やおら服を脱ぎ始めたのだ。クラス52人の女の子達は「きゃーー」と叫んだのはゆうまでもない。

白のトランクスいっちょになった彼は、応援団のようになにか口上を述べた後、「おさるのかごや」の歌にあわせ、日体大名物であると言う体操をして見せた。女の子達が叫び続けたのは、言うまでも無い。

21歳、バカな男である。

後日談。その男、もちろん校長室に呼ばれたりしたらしいが、次の年、先生として再びその学校にやってきた。当然のことながら、生徒からはクスクス笑われ、彼はバツが悪そうだった。まぬけな話である。しかし、大人になって今思えば、なんでそんな男を女子高に雇うか?学校よ。先生の大半が生徒と結婚をしているようなところだ。おおらかな時代だね。

横道にそれっぱなしだが、その体操。詳しく描写するには、このD&Pの筆は稚拙すぎる。各自想像していただきたいが、要は「筋肉のための筋肉よる筋肉賛美」。我らがひろみちお兄さんも、これをやってたんだろうか。

筋肉を鍛えると言うことは、すでにナルシストの称号を背負っているのである。

赤ちゃんが泣いたので、つづく。
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by dandp | 2003-12-17 02:25 | ひろみちお兄さんの秘密

 ひろみちお兄さんの決めポーズを見ていると、たまたまトイレで化粧直し中の女性のとなりで手を洗ってしまった時、ふと、鏡越しに目が合ったときのバツの悪さに似たようなものを感じる。
 そしてそれはまだテレビ慣れしていない彼、ひろみちが、不慣れさを隠すために「なんでもないぞ、カメラ目線なんて」と作った顔なのだと思っていた。
 ワタクシD&Pは、まだ彼をオボコい生娘だと勘違いしていたのだ。

ひろみちお兄さんを「ちょっとヘンだ」と思っている人は、実は少なくないようだ。子供を持つ女性と会話した時、ひろみちお兄さんの話を振ってみて感じた。そして、この説を彼女らに話した時、もっと長く彼を見ている女性から

「いや、彼はそんな玉ではない」

と聞かされた。
つまりは、こうである。

・驚愕の真実その一
  ひろみちお兄さんは体操のお兄さんに就任したはじめの頃、かなり濃いアイラインをびっちり引いており、化粧が濃かった。

・驚愕の真実その二
  不慣れなせいか体操に夢中で、時々子供の足をひっかけ転ばしていた。

・驚愕の真実その三
  これが一番驚愕なのだが、ひろみちお兄さんはリハーサルや仕込みの待ち時間、子供をスタッフに預けてスタジオ内で見学中のお母様方の「わざわざ」前に来て、腹筋を始める。


・・・なにが処女じゃ、このビッチめ!見て見てちゃんめ!!
いやいや、彼をそんな風に責めるのはまだ早い。
そう簡単に人を罵倒してはいけない。
きっと、それなりの理由があってのことに違いない。 
 

この話、まだまだ、続く!
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by dandp | 2003-12-13 02:20 | ひろみちお兄さんの秘密

 補足しておくが、キャバクラ嬢をばかにしているのではない。あの、店の前にずらっと並ぶ写真の勝負顔について言っているのである。しかし、あれは実際、商売のために勝負媚を込めた顔なのだから、正しいのである。それをシロウトが普通の記念写真でやるからヘンなのである。

 高校の修学旅行の集合写真は今、みんなどんな顔をして写っているのだろうか。


 さて、「処女の恥じらい」とはなんであろうか。
はたして今現在ほど処女の価値の下がった時はないのではないだろうか。
もっとも処女性に価値を見出されたのは、明治やそこらの近代になってからだという説も聞く。家(資産)同士の結びつきとしての結婚が重要視され、そこに嫁入りという契約が交わされる。その嫁の価値としての「生娘」であるという説。それまでは普通の生活人として、結婚の前に何度か通ったり、盆踊りの晩にいい仲になったりと、まあ、いろいろあった様なのである。

 なにしろ盆踊りというのは、いわばレイヴ・パーティ。やぐらの上の生演奏で踊れや踊れの、魂熱くするパーティだったのだ。歌い手も時節ネタご当地ネタを盛り込んだライムを即興で盛り込み、毎年あちこちで引っ張りだこ。盆シーズンにはちょっとしたツアーだ。時々HIPHOPを民謡みたいと思うことがあるだろうが、みたいなんじゃなく、そのものなのだ。昔の言い伝えでは、茨城あたりで毎年大きな盆踊りがあり、あちこちの村々から踊りに集まり、そこで誘われない女は女じゃない、という。

 なんのために人はそうして踊りかつまた出会うのかというと、つまりは遺伝子プールを豊かにするためなのだ。農村の集落の中でだけ婚姻を繰り返すことは、その社会が閉じていれば閉じているほど遺伝上のリスクを伴う。さまざまな状況に対応し子孫を増やすためには、多くの遺伝情報があったほうがよい。それは某国のやんごとなき血筋の方が平民と結婚しなければならなかったり、漂流者に島の女を差し出すのと、同じ理由と考えられる。


 また話がすっ飛んでいってしまったが、恥じらいに戻ろう。今現在、胸を張って「処女です」と言えるだろうか?ある程度の年齢になって処女であるというのは、恥ずかしいことになっていないだろうか。ひと昔前なら舌噛んで自ら命を絶ってまで守ったものを、「処女のままでいるのもみっともないから、ま、いっか」とお付き合いを始めることもままあるこの時代。こんな時代において「処女の恥じらい」とは、事の最中に

「アタシ、こんなことなんとも思わないわ。なんてことないことなのよ」

と震えながら思うことなのである。



そこで、ひろみちお兄さんなのである。
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by dandp | 2003-12-11 02:17 | ひろみちお兄さんの秘密

ま、つづきね。

考えてみたら、カメラ目線ですざまじいオーラを発するなんて、我らがプリンス以外に誰がいるのよっつー話ですが。そのプリンスだって写真と動画と、ファンだけど言っちゃうけど、「スキの無さ具合」に多少の開き具合があるんだから、

あ~~~~~~、まどろっこしい!

プリンスだって動いてる時は顔にスキがあるんだから(言っちゃった!)、化粧の直しで整えた顔を、合コン会場までキープできるはずないし、必死で顔を作ってると不自然でヘンな表情の人になってしまうのは必須。鏡の顔を自分の顔と思うのはやめろ、っちゅー話ですよ。
ま、続けます。

で、投稿妊婦の話でした。
 顔だけ見るとキャバクラの入り口に並んでいる「おかわりオッケー」の女の子なのだが、身体が妊婦なのである。イメージ的に遠い所にあるふたつのものがマッチングする様は、見ている者の概念を揺さぶる。

・・・というか、最近はそういう女の子が年代的に妊婦の王道でもあるので、そこに違和を感じるかどうかで、その人の年代も分かると言うものなのだが、つまり、何かしっくり来なくて見ているものの心を不安定にさせる、ということが言いたくてこの例をあげた。
ひろみちお兄さんによって、ワタクシD&Pはココロに日常とは違う感覚を覚えたのである。


 ひろみちお兄さんの独壇場といえば最後の歌と体操である。
「あ・い・う!」である。さあ、見覚えのある方は、ご一緒に!!
見せ場、「慌てたアヒルが、あ!」はまだいい。「いたずらイルカが、イ!」もまだいい。「うさぎが転んで、う!」のポーズはなんだ!?「園長先生、えっ!」はなんだっていうのだ!?そして、特に「怒った狼、お」にそれを感じるのだ。あの一連のポーズにおける「ホントはこんなことしてませーん」的なはぐらかしは、なんなんだ。

ワタクシD&Pは、はじめそれを「処女の恥じらい」のようなものだと思った。
そう、ひろみちお兄さんをもっと長くウォッチングしている人によって
驚愕の真実を聞くまでは・・・・!
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by dandp | 2003-12-09 02:14 | ひろみちお兄さんの秘密

 このネタ、暖めすぎた感もある。
また、「静岡のプリファン某まいちゃんに捧げる」つもりで予告したが、捧げられてもあんまり嬉しくない内容であったので躊躇もあったのだ。しかし、当のマイテ嬢、今やすっかり野村某にややこしく参っているらしいので、まいいか、と始めてしまう。ボロクソ言っても怒られることはあるまい。なにより、頭の中から出たいとネタがいうのである。

 ひろみちお兄さん、と言われても誰のことだか分からない諸氏もいることだろう。NHK教育の子供番組で体操のお兄さんをしている、佐○浩○氏のことである。人目にさらされる若い男性の宿命として、女性に人気がある。女性ったって、お母様たちだ。お兄さんが嬉しいかどうかは、ワタクシD&P、当然のことながら知る由もない。

 と、いうよりもワタクシD&P、ひろみちお兄さんについて知ってることはほとんど無いと言っても過言ではない。それなのに、いや、それゆえにひろみちお兄さんについて、深く考えるようになってしまったのだ。


 ひろみちウォッチャーになってから、まだ日は浅い。
初めて彼を見たのは、「だんご3兄弟」なる歌が流行っているらしいと聞きチャンネルを合わせたときだから、かれこれ・・・すいません、各自計算してください。

 「だんご3兄弟」を見るには見たが、それよりも強烈な印象を受けたのが、このひろみちお兄さんだ。その印象を言葉にするのは難しい。なんというか、「見慣れないものを見た」あるいは「見るべきものではないものを見た」とでも言うのだろうか。なにか、画面からはみ出す違和感があったのだ。

 テレビと言うものは、写った瞬間に「テレビの人」になる。それは製作者側が「見るもの」として演出し編集してあるからでもあるし、映る側が「見られる人」として出来上がっているからでもあると思う。
考えてもみて欲しい。対象のないテレビカメラに向かって、力いっぱい笑うには、どれだけのエネルギーが必要だろうか。とても半端なシロウトにできない行為である。
そのように、ある程度約束された世界から逸脱しないからこそ、私たちはメシを食いながらでも普通にテレビを見ていられるわけである。


 だが、ひろみちお兄さんには、なぜか不思議とテレビからハミ出る過剰ななにかを感じたのだ。


その「感じ」を何かに例えるのなら、そう、こんな感じだ。
 トイレで化粧を直している女性のとなりにいると、なにか気恥ずかしくなることはないだろうか。その化粧直しの表情を見てしまうと、だ。
 鏡を見るとき、人は自分の気に入った表情を作るものだが、普段は残念ながらそんな顔をしていない。鏡で自分のお気に入りの顔を整えるわけだが、現実に「顔」をみる人はその「見せたい顔」を見ることはないのだ。



鏡の顔を形作っているもの、それを人は自意識という。



ま、昨今カメラなどで自分撮りが定着し、この「鏡顔」で写る事は珍しくない。久しぶりに妊婦雑誌など本屋でチェックしていると、20代前半の若い妊婦がお腹の記念撮影のため、ビキニで撮った投稿写真が掲載されていて、大変興味深かった。まだガングロの名残のあるフルメイクにストパーをあてた茶髪、上目使いでアメリカンホームダイレクトのように広げた指を耳の脇にあてがうポーズ。アピール!アピール!なのである。
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by dandp | 2003-12-08 02:09 | ひろみちお兄さんの秘密

ひろみちお兄さんの秘密


 ひろみちお兄さんについて語ること、それは「自意識」についての冒険をすることである。

 とか書き始めて、最近の妄想日記のスタイルが、まるでケーシー高峰の医療漫談なことに気付く。
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by dandp | 2003-08-06 02:07 | ひろみちお兄さんの秘密